天と地
2008年11月13日(木) 晴れ
まずは訂正から。
11月11日のブログ中に書いた「モチモチの木に火が灯る」日は、霜月20日ではなくて霜月3日(の丑三つ時)とのこと。
17日もズレておりました。
なぜ3日が20日と記憶されたのかについてはさっぱりわかりませんが、ゆかいな仲間・Yちゃんのお陰で、たぶん、もう一生忘れないと思う。
すんません。お詫びして訂正いたします。友人知人に言い広めてしまった方々は、急ぎ訂正に回ってください。
たぶん被害者は皆無だと思うけど。
なんてったって、「モチモチの木」によって「せっちん」という単語および意味を初めて知ったという、ありがたい本なのだ。思い入れはひとしおなんである。
ついでに。
あくまでもイメージとしてなのだが、この「モチモチの木に火が灯る日」というのがどうも満月の晩のような気がしてならないのである。
偶然にも今宵は満月(決して話の前フリではないぞ! 偶然なのだ)。
なんとなーく夜空を見上げてみると。
およっ!? 月の回りに暈がかかっているぞ。

月暈−「つきがさ」「げつうん」とも呼ばれる。
太陽や月に薄い雲がかかったとき、その周囲に光の輪が見える現象のことだ。
そもそも雲は氷の粒によって形成されるわけだが、それらがプリズムとして働き、光がその氷の粒の中を通りぬける際に屈折することで発生するという。
フレームの中に全体が入りきらなかったのは残念であった。
さて−。
きょうは「リス日和」だった。
まずは<Kussharo Factory>の看板犬との朝の散歩中。
ちなみに看板犬はウサギ狩りを得意とするビーグルの血を引いている。なので、ちょっとでも動いているモノには敏感に反応する。
てくてく、とことこ。
ゴキゲンに歩を進めていた看板犬だったが、いきなりスイッチが入った!
興奮気味に見つめるその視線の先には、<niyou>エゾリスの姿。

すっかり葉が落ちてしまった木から木へ、身軽に飛び移るさまはカワイイもんである。
厳しい冬を前に彼らも急がしそうに森の中を駆け回っている。
そう、<Kussharo Factory>のスタッフだって森の中を駆け回りたい。
これまでは「山菜を採りに」とか「きのこを探しに」とか「ぶどうを集めに」などなど目的があってこそ山に行っていたのだが、もはやこの時期になると目的もなくなってくるのである。
「とりあえず、行ってみるべ」
「おう!」
結局、目的なんてどーでもいいのであった。
そこに山があるから行くんである。
某林道を走っていると、なにやら視界に動くモノが入った。
<ruo cironnup=ru(縞)o(ついている)ci(我々が)ronnu(どっさり殺す)p(もの)>エゾシマリスだ。

なんとも過激な意味を持つ単語だが、どっさり殺すというのは獲物として狩猟したためであり、アイヌは自戒の念も含めて命名したのではないだろうか。
単に<cironnup>といえば、キタキツネを指す。キタキツネもアイヌにとっては肉も毛皮も有益なものであったことは間違いない。
<niyou>に比べて体つきはだいぶ小さい。
<niyou>が冬眠しないのに対し、<ruo cironnup>はしっかり冬眠する。
かなりせわしくチョロチョロしていたが、離れていくようすもない。
人馴れしていないことが妙にうれしい。よしよし。
このあとも、また<niyou>を見たりして、とにかくよくリスに会う1日であった。
ちなみに、少なくとも昔のアイヌにとって<niyou>はあまり好ましい存在ではなかったようだ。
地方によってその言い伝えは違えど、
「猟に行くときに<niyou>の姿を見たら猟は止めたほうがいい」
「<niyou>が家のそばまで来て歩いて山へ逃げていったら、その家は滅びる」
など、結構な悪モノである。
「リスが住める森があるんだからいいべさ」
−昔のアイヌにそう言ったら、眉をしかめられるだろうか。
まずは訂正から。
11月11日のブログ中に書いた「モチモチの木に火が灯る」日は、霜月20日ではなくて霜月3日(の丑三つ時)とのこと。
17日もズレておりました。
なぜ3日が20日と記憶されたのかについてはさっぱりわかりませんが、ゆかいな仲間・Yちゃんのお陰で、たぶん、もう一生忘れないと思う。
すんません。お詫びして訂正いたします。友人知人に言い広めてしまった方々は、急ぎ訂正に回ってください。
たぶん被害者は皆無だと思うけど。
なんてったって、「モチモチの木」によって「せっちん」という単語および意味を初めて知ったという、ありがたい本なのだ。思い入れはひとしおなんである。
ついでに。
あくまでもイメージとしてなのだが、この「モチモチの木に火が灯る日」というのがどうも満月の晩のような気がしてならないのである。
偶然にも今宵は満月(決して話の前フリではないぞ! 偶然なのだ)。
なんとなーく夜空を見上げてみると。
およっ!? 月の回りに暈がかかっているぞ。

月暈−「つきがさ」「げつうん」とも呼ばれる。
太陽や月に薄い雲がかかったとき、その周囲に光の輪が見える現象のことだ。
そもそも雲は氷の粒によって形成されるわけだが、それらがプリズムとして働き、光がその氷の粒の中を通りぬける際に屈折することで発生するという。
フレームの中に全体が入りきらなかったのは残念であった。
さて−。
きょうは「リス日和」だった。
まずは<Kussharo Factory>の看板犬との朝の散歩中。
ちなみに看板犬はウサギ狩りを得意とするビーグルの血を引いている。なので、ちょっとでも動いているモノには敏感に反応する。
てくてく、とことこ。
ゴキゲンに歩を進めていた看板犬だったが、いきなりスイッチが入った!
興奮気味に見つめるその視線の先には、<niyou>エゾリスの姿。

すっかり葉が落ちてしまった木から木へ、身軽に飛び移るさまはカワイイもんである。
厳しい冬を前に彼らも急がしそうに森の中を駆け回っている。
そう、<Kussharo Factory>のスタッフだって森の中を駆け回りたい。
これまでは「山菜を採りに」とか「きのこを探しに」とか「ぶどうを集めに」などなど目的があってこそ山に行っていたのだが、もはやこの時期になると目的もなくなってくるのである。
「とりあえず、行ってみるべ」
「おう!」
結局、目的なんてどーでもいいのであった。
そこに山があるから行くんである。
某林道を走っていると、なにやら視界に動くモノが入った。
<ruo cironnup=ru(縞)o(ついている)ci(我々が)ronnu(どっさり殺す)p(もの)>エゾシマリスだ。

なんとも過激な意味を持つ単語だが、どっさり殺すというのは獲物として狩猟したためであり、アイヌは自戒の念も含めて命名したのではないだろうか。
単に<cironnup>といえば、キタキツネを指す。キタキツネもアイヌにとっては肉も毛皮も有益なものであったことは間違いない。
<niyou>に比べて体つきはだいぶ小さい。
<niyou>が冬眠しないのに対し、<ruo cironnup>はしっかり冬眠する。
かなりせわしくチョロチョロしていたが、離れていくようすもない。
人馴れしていないことが妙にうれしい。よしよし。
このあとも、また<niyou>を見たりして、とにかくよくリスに会う1日であった。
ちなみに、少なくとも昔のアイヌにとって<niyou>はあまり好ましい存在ではなかったようだ。
地方によってその言い伝えは違えど、
「猟に行くときに<niyou>の姿を見たら猟は止めたほうがいい」
「<niyou>が家のそばまで来て歩いて山へ逃げていったら、その家は滅びる」
など、結構な悪モノである。
「リスが住める森があるんだからいいべさ」
−昔のアイヌにそう言ったら、眉をしかめられるだろうか。
眩いばかりの
2008年11月11日(火) 晴れ
ここ数日の間、吹き荒れた風がいかにスゴかったかというと。

こんな太い木が根元からバキッ! っとなるくらい。
<Kussharo Factory>看板犬との散歩コースに伸びている木柵の何箇所かでは、倒れた木が直撃したことにより破壊されているところも。
いやあ、<wen rera=wen(悪い)rera(風)>の威力たるや、恐るべし。
そんな中、なにがホッとしたかって、あーた!
積み上げた薪が崩れなかったことである。
きょうは「久しぶりだなあ」と声に出すくらい、朝から風もなく穏やかな小春日和なのであった。
こんな日に、<Kussharo Factory>のスタッフがおとなしくしているわけがない。
「山へ行くぞ〜!」
「おう!」
出会った瞬間、<Kussharo Factory>のモノ拾い担当(薪も拾うし、<sikerepe>シコロの実も拾う)は感嘆の声を挙げた。
「うわあ! モチモチの木だあ!」

小学生のころに読んだ絵本の名作。切り絵で表現された、じさまと豆太の顔はちと不気味ではあったが(作者さん、ごめんなさい)何が美しかったかって、あーた!
モチモチの木に火が灯っているシーン。見開きの大迫力は実物の本が手元にない今でも思い出すことができる。
もちろん、あれほどのハデさはないけれどイメージがモロかぶり。
あの場面も寒い頃の出来事だったはず。確か、霜月20日に見られるという伝説に基づいていたとかなんとか…。
雲ひとつない青空に映える<sikerepe>は、同じくらいに輝いて見えたのであった。
今シーズンだけでも何度か<sikerepe>採りに行っている。
どの木が良いとか悪いとかでは決してなく、すべてが山からの贈り物なのだが、それでも今日の<sikerepeni=sikerepe(シコロ)ni(木)>シコロの木は見事だった。
<Kussharo Factory>の木登り担当は、本領を発揮してスルスルと上へ。現代を生きる採集狩猟民族としては、高枝ばさみを器用に操ってパチン、パチンと実のついた小枝を切り落として行く。
便利な世の中になったものじゃ。

危ないですから良い子の皆さんはマネしないように。
無造作に切り落とされた小枝を、拾う方もたいへんだ。
たいてい下にはササが胸元から背丈くらいの高さまで生い茂っている。その中に紛れ込むもんだから、掻き分け掻き分け。しかも地面まで落ちるものもあるし、ササの途中でひっかかるものもある。

で、大収穫。

山の神さま、イヤイライケレー!
屈斜路コタンではもうすぐ、年に一度の<ityarupa>先祖供養祭が行われる予定になっている。
<sikerepe>とカボチャを一緒に炊いた<sikerepe ratasikep>は儀式には欠かせない料理のひとつである。
苦味95%甘味5%(<Kussharo Factory>のスタッフによる感覚)という、なんともいえない風味を持つ食べ物である。
ちなみに。
大声ではいえないが、<Kussharo Factory>のスタッフが<sikerepe ratasikep>を食べるときは、<sikerepe>を除けて口にする…。
それはつまり、「単なるかぼちゃの煮物」ともいうのだが。
ここ数日の間、吹き荒れた風がいかにスゴかったかというと。

こんな太い木が根元からバキッ! っとなるくらい。
<Kussharo Factory>看板犬との散歩コースに伸びている木柵の何箇所かでは、倒れた木が直撃したことにより破壊されているところも。
いやあ、<wen rera=wen(悪い)rera(風)>の威力たるや、恐るべし。
そんな中、なにがホッとしたかって、あーた!
積み上げた薪が崩れなかったことである。
きょうは「久しぶりだなあ」と声に出すくらい、朝から風もなく穏やかな小春日和なのであった。
こんな日に、<Kussharo Factory>のスタッフがおとなしくしているわけがない。
「山へ行くぞ〜!」
「おう!」
出会った瞬間、<Kussharo Factory>のモノ拾い担当(薪も拾うし、<sikerepe>シコロの実も拾う)は感嘆の声を挙げた。
「うわあ! モチモチの木だあ!」

小学生のころに読んだ絵本の名作。切り絵で表現された、じさまと豆太の顔はちと不気味ではあったが(作者さん、ごめんなさい)何が美しかったかって、あーた!
モチモチの木に火が灯っているシーン。見開きの大迫力は実物の本が手元にない今でも思い出すことができる。
もちろん、あれほどのハデさはないけれどイメージがモロかぶり。
あの場面も寒い頃の出来事だったはず。確か、霜月20日に見られるという伝説に基づいていたとかなんとか…。
雲ひとつない青空に映える<sikerepe>は、同じくらいに輝いて見えたのであった。
今シーズンだけでも何度か<sikerepe>採りに行っている。
どの木が良いとか悪いとかでは決してなく、すべてが山からの贈り物なのだが、それでも今日の<sikerepeni=sikerepe(シコロ)ni(木)>シコロの木は見事だった。
<Kussharo Factory>の木登り担当は、本領を発揮してスルスルと上へ。現代を生きる採集狩猟民族としては、高枝ばさみを器用に操ってパチン、パチンと実のついた小枝を切り落として行く。
便利な世の中になったものじゃ。

危ないですから良い子の皆さんはマネしないように。
無造作に切り落とされた小枝を、拾う方もたいへんだ。
たいてい下にはササが胸元から背丈くらいの高さまで生い茂っている。その中に紛れ込むもんだから、掻き分け掻き分け。しかも地面まで落ちるものもあるし、ササの途中でひっかかるものもある。

で、大収穫。

山の神さま、イヤイライケレー!
屈斜路コタンではもうすぐ、年に一度の<ityarupa>先祖供養祭が行われる予定になっている。
<sikerepe>とカボチャを一緒に炊いた<sikerepe ratasikep>は儀式には欠かせない料理のひとつである。
苦味95%甘味5%(<Kussharo Factory>のスタッフによる感覚)という、なんともいえない風味を持つ食べ物である。
ちなみに。
大声ではいえないが、<Kussharo Factory>のスタッフが<sikerepe ratasikep>を食べるときは、<sikerepe>を除けて口にする…。
それはつまり、「単なるかぼちゃの煮物」ともいうのだが。
ドタバタ冬じたく
2008年11月9日(日) くもり 相変わらずの強風
一昨日の夜、<Kussharo Factory>のフレンドリープレイス・阿寒湖アイヌコタンでゆかいな仲間たちと「道東観光の活性化」についてアツい議論を交わしていると、空から何かが落ちてくるのである。
空から落ちてくるというだけでも、たいていの方は「雪」を思い浮かべるんであろうが、阿寒湖アイヌコタンの場合は夜、聖火台のように薪を燃やしているスペースがあるので「灰だべ」ということで一時的に話は落ち着いたのであった。
しかしさすがに、落ちてくる白いモノの勢いがみるみる増したもんだから、やっと「こりゃあ、雪だ」ということにその場に居合わせた皆々は理解したのであった。

…遅いんでないかい?
阿寒湖から屈斜路湖までは阿寒横断道路という峠道を通らねばならん。
想像どおり、平地(といっても阿寒湖だったら標高5〜600mくらい!?)で降っている雪がさらに標高の高いところで降っていないわけがないのであり、改めてスタッドレスタイヤの威力を垣間見たのであった。
「あっ、ワイパーを冬用に交換するのを忘れてる」
「……」
でもって、昨日の未明にかけては屈斜路の地にもうっすらと雪が積もったのである。
朝起きた時点で、すでに日陰以外はほとんど解けてしまっていたのだが(そりゃあ、驚くほど早い時間に起きたわけではないけど、驚くほど遅い時間に起きたわけでもない)、なんとか屈斜路湖畔にある<nusa>祭壇の周りにうっすらと白っぽいものが見える…のがおわかりいただければ幸いである。はい。

ただでさえ頑張っていた薪拾い&薪割りも、こうなるといよいよ焦ってくるのであった。
「うりゃ!」「とりゃ!」と<Kussharo Factory>の木彫り、もとい、きこり担当が斧を振り下ろすそばから、<Kussharo Factory>の薪積み担当はえっさほっさと薪を運んでは薪を積み上げ、積み上げては崩し、リカバリーしたつもりがさらに崩れ…って、ぜんぜん積み上がらんべや!
はああああ、こわいこわい(=北海道弁で「疲れる」の意)。
その合間に、山へ<hat>ヤマブドウを採りに行かねばならんし、
<punup>イケマの根を掘らねばならんし、

<sikerpe>キハダの木の実を採りに行かねばならんし。

そう、キハダの木は優れものですぜ。
内皮が名前のとおり、本当にきれいな黄色なのだが、胃薬として用いられた。そして実は儀式の際の料理に使ったり、風邪をひいたときには煮詰めて飲んだ…というか、いまでもしっかり利用されているのである。
松浦武四郎翁の記録によると、十勝の元札内付近にキハダの樹皮でふかれている<cise>住居があったとも。
分刻みで山での用事を済ませたあとは、そうだ、スズメバチ防御ネットも外さねばならん。ネット類は雪が積もったり雪が張り付いたりしたら重みで破れたりするから、外せるものは外しておいたほうがいいのである。
はああああ、もう、わや(=北海道弁で「たいへんだあ」の意)。
ちなみに、そんなに忙しいそうで店はいつ開けてるの? とご心配くださっている方々がいらっしゃるやもしれんのでご説明申し上げると、屈斜路コタン本店はすでに冬期休業に入っております。
正確にいうと、冬期になる前から休業に入っております。
とりあえず今日の今日までどなたからも「(店に)行ったのに開いていなかった!」という苦情は受けておりませんので、誰にもご迷惑をおかけしていないということがせめてもの…。
そうか、誰もいないのか(号泣)。
来年に向けて、「あんなの作ってみるか」「こんなのもいいんでないかい?」と妄想だけは壮大に広がっておりますので、なにとぞ温かい目で見守っていただけると幸いです。
一昨日の夜、<Kussharo Factory>のフレンドリープレイス・阿寒湖アイヌコタンでゆかいな仲間たちと「道東観光の活性化」についてアツい議論を交わしていると、空から何かが落ちてくるのである。
空から落ちてくるというだけでも、たいていの方は「雪」を思い浮かべるんであろうが、阿寒湖アイヌコタンの場合は夜、聖火台のように薪を燃やしているスペースがあるので「灰だべ」ということで一時的に話は落ち着いたのであった。
しかしさすがに、落ちてくる白いモノの勢いがみるみる増したもんだから、やっと「こりゃあ、雪だ」ということにその場に居合わせた皆々は理解したのであった。

…遅いんでないかい?
阿寒湖から屈斜路湖までは阿寒横断道路という峠道を通らねばならん。
想像どおり、平地(といっても阿寒湖だったら標高5〜600mくらい!?)で降っている雪がさらに標高の高いところで降っていないわけがないのであり、改めてスタッドレスタイヤの威力を垣間見たのであった。
「あっ、ワイパーを冬用に交換するのを忘れてる」
「……」
でもって、昨日の未明にかけては屈斜路の地にもうっすらと雪が積もったのである。
朝起きた時点で、すでに日陰以外はほとんど解けてしまっていたのだが(そりゃあ、驚くほど早い時間に起きたわけではないけど、驚くほど遅い時間に起きたわけでもない)、なんとか屈斜路湖畔にある<nusa>祭壇の周りにうっすらと白っぽいものが見える…のがおわかりいただければ幸いである。はい。

ただでさえ頑張っていた薪拾い&薪割りも、こうなるといよいよ焦ってくるのであった。
「うりゃ!」「とりゃ!」と<Kussharo Factory>の木彫り、もとい、きこり担当が斧を振り下ろすそばから、<Kussharo Factory>の薪積み担当はえっさほっさと薪を運んでは薪を積み上げ、積み上げては崩し、リカバリーしたつもりがさらに崩れ…って、ぜんぜん積み上がらんべや!
はああああ、こわいこわい(=北海道弁で「疲れる」の意)。
その合間に、山へ<hat>ヤマブドウを採りに行かねばならんし、
<punup>イケマの根を掘らねばならんし、

<sikerpe>キハダの木の実を採りに行かねばならんし。

そう、キハダの木は優れものですぜ。
内皮が名前のとおり、本当にきれいな黄色なのだが、胃薬として用いられた。そして実は儀式の際の料理に使ったり、風邪をひいたときには煮詰めて飲んだ…というか、いまでもしっかり利用されているのである。
松浦武四郎翁の記録によると、十勝の元札内付近にキハダの樹皮でふかれている<cise>住居があったとも。
分刻みで山での用事を済ませたあとは、そうだ、スズメバチ防御ネットも外さねばならん。ネット類は雪が積もったり雪が張り付いたりしたら重みで破れたりするから、外せるものは外しておいたほうがいいのである。
はああああ、もう、わや(=北海道弁で「たいへんだあ」の意)。
ちなみに、そんなに忙しいそうで店はいつ開けてるの? とご心配くださっている方々がいらっしゃるやもしれんのでご説明申し上げると、屈斜路コタン本店はすでに冬期休業に入っております。
正確にいうと、冬期になる前から休業に入っております。
とりあえず今日の今日までどなたからも「(店に)行ったのに開いていなかった!」という苦情は受けておりませんので、誰にもご迷惑をおかけしていないということがせめてもの…。
そうか、誰もいないのか(号泣)。
来年に向けて、「あんなの作ってみるか」「こんなのもいいんでないかい?」と妄想だけは壮大に広がっておりますので、なにとぞ温かい目で見守っていただけると幸いです。
2つのニュース
2008年11月5日(水) 晴れ
【その昔この広い北海道は、私たちの先祖の自由の天地でありました】
アイヌ文学者と称される知里幸恵は、1922(大正11)年に(人の助けを借りたとはいえ)19歳という若さで「アイヌ神謡集」を著した。
祖母や伯母がカムイユカラ(アイヌ独自の口頭文芸の一ジャンル。<kamuy>神の目から見た世界を節にのせて謡う物語)の語り手であった幸恵は、15歳ころにユカラを記録することの重要性を悟ったとされる。
自身がアイヌ語と日本語の両方に精通していたこと。
すぐれた耳を持ち、文字を持たないアイヌ民族として限りなくアイヌ語に近い形の日本語表記を編み出したがゆえの功績でもある。
序文の書き出しである前述の一文は、ときどき引用されることもあるので、ご存知の方もいるだろう。
冬は雪の中で熊を狩り、夏は魚を漁り、春は蕗や蓬を摘み、秋は鹿の声を聞きながら月を愛でる…といったように自然とともに季節の移ろいを楽しむ生活があったことを懐かしんだ後、
【それも今は昔、夢は破れて幾十年、この地は急速な変転をなし、山野は村に、村は町にと次第々々に開けてゆく】と続く。
北海道新聞 11月5日付
「屈斜路湖違法伐採 地権者、町など提訴」
「分譲不可能 10億円賠償を」
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/society/127304.php
昨年8月、屈斜路湖畔の原生林で大規模な違法伐採が行われていたことが発覚した。
土地を所有する不動産開発会社が、「予定していた別荘用地としての分譲ができなくなったのは、弟子屈町が土地の所有権を審査せずに伐採を許可したため」として損害賠償を請求する訴えを釧路地裁に起こしたというものだ。
幸恵はまた、「幸福な生活を送っていた先祖たちは、自分の郷土がこのような惨めなありさまになることを露ほどにも想像しなかっただろう」とも嘆く。
アイヌであることで和人(アイヌ以外の日本人)からは差別を受けた。
その時代には珍しいキリスト教徒ということで、アイヌ民族同士の中でも浮いた存在だったという。
学校では先生の代わりを担うほどだったという秀才ぶりもまた、他人と距離をおく一要素になりえた。
しかし幸恵は信念を曲げることなく、アイヌと日本人の橋渡し役になろうとしていたそうだ。
序文には、次のような一文も記されている。
【時は絶えず流れる。世は限りなく進展してゆく。激しい競争場裡に敗残の醜をさらしている今の私たちの中からも、いつかは、二人三人でも強いものが出てきたら、進みゆく世と歩をならべる日も、やがては来ましょう】
−きょう、アメリカ合衆国では初めての黒人大統領が誕生した。
明治から大正という時代に、それも20年に満たない生涯だった一人のアイヌ女性による先見性には、ただただ驚くばかりだ。
日本というちっちゃな国のその片隅で、なんのつながりもないような2つのニュースを見聞きしながら、そんなことを思った一日だった。
【その昔この広い北海道は、私たちの先祖の自由の天地でありました】
アイヌ文学者と称される知里幸恵は、1922(大正11)年に(人の助けを借りたとはいえ)19歳という若さで「アイヌ神謡集」を著した。
祖母や伯母がカムイユカラ(アイヌ独自の口頭文芸の一ジャンル。<kamuy>神の目から見た世界を節にのせて謡う物語)の語り手であった幸恵は、15歳ころにユカラを記録することの重要性を悟ったとされる。
自身がアイヌ語と日本語の両方に精通していたこと。
すぐれた耳を持ち、文字を持たないアイヌ民族として限りなくアイヌ語に近い形の日本語表記を編み出したがゆえの功績でもある。
序文の書き出しである前述の一文は、ときどき引用されることもあるので、ご存知の方もいるだろう。
冬は雪の中で熊を狩り、夏は魚を漁り、春は蕗や蓬を摘み、秋は鹿の声を聞きながら月を愛でる…といったように自然とともに季節の移ろいを楽しむ生活があったことを懐かしんだ後、
【それも今は昔、夢は破れて幾十年、この地は急速な変転をなし、山野は村に、村は町にと次第々々に開けてゆく】と続く。
北海道新聞 11月5日付
「屈斜路湖違法伐採 地権者、町など提訴」
「分譲不可能 10億円賠償を」
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/society/127304.php
昨年8月、屈斜路湖畔の原生林で大規模な違法伐採が行われていたことが発覚した。
土地を所有する不動産開発会社が、「予定していた別荘用地としての分譲ができなくなったのは、弟子屈町が土地の所有権を審査せずに伐採を許可したため」として損害賠償を請求する訴えを釧路地裁に起こしたというものだ。
幸恵はまた、「幸福な生活を送っていた先祖たちは、自分の郷土がこのような惨めなありさまになることを露ほどにも想像しなかっただろう」とも嘆く。
アイヌであることで和人(アイヌ以外の日本人)からは差別を受けた。
その時代には珍しいキリスト教徒ということで、アイヌ民族同士の中でも浮いた存在だったという。
学校では先生の代わりを担うほどだったという秀才ぶりもまた、他人と距離をおく一要素になりえた。
しかし幸恵は信念を曲げることなく、アイヌと日本人の橋渡し役になろうとしていたそうだ。
序文には、次のような一文も記されている。
【時は絶えず流れる。世は限りなく進展してゆく。激しい競争場裡に敗残の醜をさらしている今の私たちの中からも、いつかは、二人三人でも強いものが出てきたら、進みゆく世と歩をならべる日も、やがては来ましょう】
−きょう、アメリカ合衆国では初めての黒人大統領が誕生した。
明治から大正という時代に、それも20年に満たない生涯だった一人のアイヌ女性による先見性には、ただただ驚くばかりだ。
日本というちっちゃな国のその片隅で、なんのつながりもないような2つのニュースを見聞きしながら、そんなことを思った一日だった。
熊の家と穴
2008年11月2日(日) くもり ときどき 晴れ
毎年、この時期になると<Kussharo Factory>のスタッフは「ある衝動」にかられるのであった。
いわゆる、「見たい!見たい!野生の<kimun kamuy>ヒグマ!」ってことである。

↑こんなカンジの。
(ちなみに、コレは阿寒湖在住の木彫作家・藤戸竹喜氏の作品<55万円>である。阿寒湖アイヌ部落内の民芸品店<熊の家>にて)。
昨年は10月末にウトロ〜知床横断道路〜羅臼というコースをたどった。
今年は羅臼に照準を定め、いざ出発!
弟子屈から中標津を経由して標津へ。
太平洋をのぞむ海岸線に入り、右手に国後の島影を見つつ、一路、羅臼そして車が走行できる道の行き止まりである相泊(あいどまり)を目指す。
雲が多かった天気も次第に晴れ間がのぞき、絶好のドライブ日和である。
<Kussharo Factory>の全スタッフ=人間+犬はゴキゲンだあ。
まずは「道の駅 知床・らうす」で情報収集。
ガイドマップをしばらく熟読して理解した。
「よし! わかったぞ」
「どこら辺にヒグマくんがいそうかい?」
「この、どんつき(=突き当たり)にある<熊の穴>っちゅー食堂を目指そう。ラーメンがあるらしい」
「あれ?」
途中、羅臼市街を過ぎて間もなくのところにある「マッカウス洞窟」へ。

ひかりごけが有名なこの洞窟は、松浦武四郎が野営したことでも知られている。
武四郎翁に屈斜路湖を案内したイソリツカラの子孫としては、見過ごすわけにはいかんのだ。
なので表敬訪問。
このマッカウス洞窟のみならず、周辺は断崖絶壁が続いており、ゆえに「落石注意!」の看板やら防御ネットが広範囲にわたって張り巡らされているのであった。
なかなかスリリング。

そしてなぜか、ひかりごけの説明板の横には「北の国から2002 遺言」と記されたポストらしき物体が!?

なんだべ? 遺言書を投函するんだべか?
疑問が解明されぬまま、さりとて疑問を解明する気もないので先を急ごう。
「ほんとにこの先にあるんだべか?」とやや心細くなりそうなくらい、番屋はいっぱいあるけど民家がほとんど見当たらない海岸沿いに伸びる一本道をひた走る。
羅臼市街から20kmくらい進んだころ、やっと「ラーメン」ののぼりを発見!
「日本最北東端」と描かれた看板が誇らしげに立っている。

えび、かに、ほっきなどが入った海鮮ラーメンと、流氷ラーメンを注文。

流氷に見立てた白い物体は、もちもちつるりんとした皮の中に肉が入っていた。
麺は、昆布を練りこんだいるということで緑色。
どちらも塩味でさっぱり仕上がっていた。
ほかに、熊肉のチャーシューがのった熊ラーメンとか、海の馬=トド肉と鹿肉がのった馬鹿ラーメン。土産物としてはヒグマやトドの缶詰などの姿が。

興味のある方はご自由にチャレンジなさってください。
ほぼ同じタイミングで入店し、先に会計を済ませた男性客が「日本最北東端の地 到達証明書」なるものを受け取っていたことを、<Kussharo Factory>のスタッフは見逃さなかった。
支払いを終えても、世間話を終えても、店員さんが一向にその証明書を差し出す気配がない。
うーむ。しょうがない。要求したさ。
「到達証明書、もらえないんかい?」
「道内のお客さんには渡していないんだよね」
「ああ、そうなんだ」
「欲しい?」
「欲しい!」

ということなので、良い子の道内在住者はマネしないように。
ちなみに、ここでは有力な情報を入手した。
「羅臼で熊を見る確率が高いのは6月ごろ。秋に酒、もとい鮭を狙う姿が見られるのはウトロのほう」だと。
…早く知りたかった。
毎年、この時期になると<Kussharo Factory>のスタッフは「ある衝動」にかられるのであった。
いわゆる、「見たい!見たい!野生の<kimun kamuy>ヒグマ!」ってことである。

↑こんなカンジの。
(ちなみに、コレは阿寒湖在住の木彫作家・藤戸竹喜氏の作品<55万円>である。阿寒湖アイヌ部落内の民芸品店<熊の家>にて)。
昨年は10月末にウトロ〜知床横断道路〜羅臼というコースをたどった。
今年は羅臼に照準を定め、いざ出発!
弟子屈から中標津を経由して標津へ。
太平洋をのぞむ海岸線に入り、右手に国後の島影を見つつ、一路、羅臼そして車が走行できる道の行き止まりである相泊(あいどまり)を目指す。
雲が多かった天気も次第に晴れ間がのぞき、絶好のドライブ日和である。
<Kussharo Factory>の全スタッフ=人間+犬はゴキゲンだあ。
まずは「道の駅 知床・らうす」で情報収集。
ガイドマップをしばらく熟読して理解した。
「よし! わかったぞ」
「どこら辺にヒグマくんがいそうかい?」
「この、どんつき(=突き当たり)にある<熊の穴>っちゅー食堂を目指そう。ラーメンがあるらしい」
「あれ?」
途中、羅臼市街を過ぎて間もなくのところにある「マッカウス洞窟」へ。

ひかりごけが有名なこの洞窟は、松浦武四郎が野営したことでも知られている。
武四郎翁に屈斜路湖を案内したイソリツカラの子孫としては、見過ごすわけにはいかんのだ。
なので表敬訪問。
このマッカウス洞窟のみならず、周辺は断崖絶壁が続いており、ゆえに「落石注意!」の看板やら防御ネットが広範囲にわたって張り巡らされているのであった。
なかなかスリリング。

そしてなぜか、ひかりごけの説明板の横には「北の国から2002 遺言」と記されたポストらしき物体が!?

なんだべ? 遺言書を投函するんだべか?
疑問が解明されぬまま、さりとて疑問を解明する気もないので先を急ごう。
「ほんとにこの先にあるんだべか?」とやや心細くなりそうなくらい、番屋はいっぱいあるけど民家がほとんど見当たらない海岸沿いに伸びる一本道をひた走る。
羅臼市街から20kmくらい進んだころ、やっと「ラーメン」ののぼりを発見!
「日本最北東端」と描かれた看板が誇らしげに立っている。

えび、かに、ほっきなどが入った海鮮ラーメンと、流氷ラーメンを注文。

流氷に見立てた白い物体は、もちもちつるりんとした皮の中に肉が入っていた。
麺は、昆布を練りこんだいるということで緑色。
どちらも塩味でさっぱり仕上がっていた。
ほかに、熊肉のチャーシューがのった熊ラーメンとか、海の馬=トド肉と鹿肉がのった馬鹿ラーメン。土産物としてはヒグマやトドの缶詰などの姿が。

興味のある方はご自由にチャレンジなさってください。
ほぼ同じタイミングで入店し、先に会計を済ませた男性客が「日本最北東端の地 到達証明書」なるものを受け取っていたことを、<Kussharo Factory>のスタッフは見逃さなかった。
支払いを終えても、世間話を終えても、店員さんが一向にその証明書を差し出す気配がない。
うーむ。しょうがない。要求したさ。
「到達証明書、もらえないんかい?」
「道内のお客さんには渡していないんだよね」
「ああ、そうなんだ」
「欲しい?」
「欲しい!」

ということなので、良い子の道内在住者はマネしないように。
ちなみに、ここでは有力な情報を入手した。
「羅臼で熊を見る確率が高いのは6月ごろ。秋に酒、もとい鮭を狙う姿が見られるのはウトロのほう」だと。
…早く知りたかった。






