シラルトロ
2012年2月4日(土) 晴れ
湖沼とは、「陸に囲まれていて、海と直接つながっていない水のたまり」とされている。
では、「湖と沼はどう違うのか? ついでに池は?」となると、実際には明確な定義はない…ハズだ。
それでも、屈斜路湖を屈斜路沼とはいわないし、
宮島沼を宮島湖ともいわない。
明確な定義はないが、池<沼<湖という表現でなんとなーく納得されているようである
そんな状況下、「沼」とも「湖」とも称される数少ない“水たまり”のひとつが、
弟子屈町の隣、標茶町にあるシラルトロだ。
そんなワケで、
ここではあえて「沼」とも「湖」とも記さないことにする。
幕府直轄後の状況調査のため道内各地を回った奉行支配調役の荒井保恵が、1809(文化6)年に著した「東行漫筆」には釧路から斜里までの行程として、
「クスリより船路 四里程 休トウコタン 四里程 泊ユウホウ 四里程 休シヱオヒラ 四里程 泊シラウトロ 〜(略)」と記されている。
この“シラウトロ”こそ、現在のシラルトロのことであり、
<sirar utur シラル ウトゥル 岩磯・の間>が命名由来との説がもっとも有力のようだが、
真偽のほどは定かでない。
眼下に、この“水たまり”を見下ろす高台に建つ「憩の家 かや沼」の裏手には、
<chashi kot チャシコッ>跡が残っている。
“砦”や“城”と称されることが多いが、もとは“柵”とか“柵囲い”という意味を持つアイヌ語だ。
周辺が見渡せる場所に築かれていることがほとんどで、
見張り台として、儀式を行うための神聖な場所として、使用されたのではないかと考えられている。

この時期は水面がガッツリ凍っており、
穴を開けてワカサギ釣りを楽しむ人も見られる。
そんな人たちを横目に、
氷に穴を開けて行ったのは、
学術的にもマジメに厚さを測ることであった。

約50cm。
それだけ厚ければ当然、その氷の上を歩くことも飛び跳ねることも可能。
そりゃあ走ったっていいんだけど、
なんで走らねばならんのだ?
シラルトロ畔には、「憩の家 かや沼」を起点とした散策路が整備されていて、
冬期間はスノーシューで歩き回るのも楽しい。

アイヌにとってはヤナギと並んで祭事には欠かせない<inaw イナウ>木幣を作るのに最適とされるキハダ。
<utari ウタリ>同胞、仲間うちでは、<sikerepe>シケレペキハダの実の木といわれることのほうが多い。
なぜキハダという名前がついたのかといえば、
ハダ(=膚)が黄色いから。
とはいえ、黄色い部分は皮の内側なので、見た目にはわからないけどね。

(↑ちゃんと許可の下、専門家が削った)
アイヌは胃の調子が悪いときに、この黄色い部分を生のまま、もしくは乾燥させたものを噛んだり煎じたりして飲んだという。
<sikerepe>を煮詰めたものは咳止めに効果があるといい、
屈斜路コタンでは現在でも評価が高い。
内皮を噛むというのはあまり聞かないが、
<sikerepe>を利用する<utari>は多いのである。
<Kussharo Factory>のスタッフは、<sikerepe>について抱いていた長年の疑問を専門家に尋ねてみた。
「一昨年も昨年も実がついたキハダなのに、今年は実が一つも付いてなーい!ってこと、ありますよね?」と。「あります、あります」と専門家氏は、ひときわ声を大にして教えてくださった。曰く、
「ドングリなんかもそうなんですが、たとえばドングリを好んで食べるネズミなんかが増えるとドングリは数を減らすんです。で、ネズミの数が減ってくるとドングリがいっぱい生ったりする。おそらく樹木なりに防衛本能を働かせているのではないかと。もちろん天候なども関係しているとは思われますけどね」
はあああああ。
恐るべし! 自然の力
ちなみに、キハダマグロも第二背ビレと尻ヒレが黄色いので、
この名前が付いたとされる。
ここの散策路からは、
SL冬の湿原号を間近で見ることもできるので、おススメです。
ただし、SLが運行される日時や時間はご自分で調べて行ってください。

鉄ちゃん曰く、
「(きょうは?)機関車トーマスと同じ型式」だったそうです
湖沼とは、「陸に囲まれていて、海と直接つながっていない水のたまり」とされている。
では、「湖と沼はどう違うのか? ついでに池は?」となると、実際には明確な定義はない…ハズだ。
それでも、屈斜路湖を屈斜路沼とはいわないし、
宮島沼を宮島湖ともいわない。
明確な定義はないが、池<沼<湖という表現でなんとなーく納得されているようである

そんな状況下、「沼」とも「湖」とも称される数少ない“水たまり”のひとつが、
弟子屈町の隣、標茶町にあるシラルトロだ。
そんなワケで、
ここではあえて「沼」とも「湖」とも記さないことにする。
幕府直轄後の状況調査のため道内各地を回った奉行支配調役の荒井保恵が、1809(文化6)年に著した「東行漫筆」には釧路から斜里までの行程として、
「クスリより船路 四里程 休トウコタン 四里程 泊ユウホウ 四里程 休シヱオヒラ 四里程 泊シラウトロ 〜(略)」と記されている。
この“シラウトロ”こそ、現在のシラルトロのことであり、
<sirar utur シラル ウトゥル 岩磯・の間>が命名由来との説がもっとも有力のようだが、
真偽のほどは定かでない。
眼下に、この“水たまり”を見下ろす高台に建つ「憩の家 かや沼」の裏手には、
<chashi kot チャシコッ>跡が残っている。
“砦”や“城”と称されることが多いが、もとは“柵”とか“柵囲い”という意味を持つアイヌ語だ。
周辺が見渡せる場所に築かれていることがほとんどで、
見張り台として、儀式を行うための神聖な場所として、使用されたのではないかと考えられている。

この時期は水面がガッツリ凍っており、
穴を開けてワカサギ釣りを楽しむ人も見られる。
そんな人たちを横目に、
氷に穴を開けて行ったのは、
学術的にもマジメに厚さを測ることであった。

約50cm。
それだけ厚ければ当然、その氷の上を歩くことも飛び跳ねることも可能。
そりゃあ走ったっていいんだけど、
なんで走らねばならんのだ?
シラルトロ畔には、「憩の家 かや沼」を起点とした散策路が整備されていて、
冬期間はスノーシューで歩き回るのも楽しい。

アイヌにとってはヤナギと並んで祭事には欠かせない<inaw イナウ>木幣を作るのに最適とされるキハダ。
<utari ウタリ>同胞、仲間うちでは、<sikerepe>シケレペキハダの実の木といわれることのほうが多い。
なぜキハダという名前がついたのかといえば、
ハダ(=膚)が黄色いから。
とはいえ、黄色い部分は皮の内側なので、見た目にはわからないけどね。

(↑ちゃんと許可の下、専門家が削った)
アイヌは胃の調子が悪いときに、この黄色い部分を生のまま、もしくは乾燥させたものを噛んだり煎じたりして飲んだという。
<sikerepe>を煮詰めたものは咳止めに効果があるといい、
屈斜路コタンでは現在でも評価が高い。
内皮を噛むというのはあまり聞かないが、
<sikerepe>を利用する<utari>は多いのである。
<Kussharo Factory>のスタッフは、<sikerepe>について抱いていた長年の疑問を専門家に尋ねてみた。
「一昨年も昨年も実がついたキハダなのに、今年は実が一つも付いてなーい!ってこと、ありますよね?」と。「あります、あります」と専門家氏は、ひときわ声を大にして教えてくださった。曰く、
「ドングリなんかもそうなんですが、たとえばドングリを好んで食べるネズミなんかが増えるとドングリは数を減らすんです。で、ネズミの数が減ってくるとドングリがいっぱい生ったりする。おそらく樹木なりに防衛本能を働かせているのではないかと。もちろん天候なども関係しているとは思われますけどね」
はあああああ。
恐るべし! 自然の力

ちなみに、キハダマグロも第二背ビレと尻ヒレが黄色いので、
この名前が付いたとされる。
ここの散策路からは、
SL冬の湿原号を間近で見ることもできるので、おススメです。
ただし、SLが運行される日時や時間はご自分で調べて行ってください。

鉄ちゃん曰く、
「(きょうは?)機関車トーマスと同じ型式」だったそうです

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