ときを超えて〜松阪と屈斜路
2008年10月17日(金) 晴れ
15日に、「松浦武四郎生誕190年等記念事業 武四郎の足跡を訪ねてin 北海道」ご一行さま35名がご来道!
ことしは松浦武四郎翁が、屈斜路コタンを訪れてからも150年という節目の年にあたる。
2月に武四郎翁の生誕地・三重県松阪市で行われた一連の記念事業の大切なスタートイベントに、武四郎翁に屈斜路湖を案内したアイヌ・イソリツカラの子孫を代表して<Kussharo Factory>の木彫り担当が招かれた。
ブログでも報告したけれど、とにかく感謝感激感動の1週間を過ごさせていただいたのである。
で。
今回は、武四郎翁をこよなく愛する35名の方々が足跡をたどるツアーを企画されたのだが、その中に屈斜路コタンでの交流の時間を設けてくださったのだ!
<Kussharo Factory>のスタッフはコタンの仲間よりも一足先に、ツアーが到着した日の晩に阿寒湖にてお迎えさせてもらった。
2月にお世話になった方も何人かいらっしゃって、再会を喜びあった。
昨日、ツアーの方々は弟子屈町にご到着。
まずは弟子屈町長を表敬訪問してくださり、その後、北海道ウタリ協会弟子屈支部のメンバーや町民参加者も合流して、武四郎翁の足跡をたどるバスツアーに出発した。
裏摩周から左手下の湖水際に降りて行った辺りに、武四郎翁が野営したとされる洞窟(武四郎の浜)がある。
クマザサが生い茂り、環境省の厳しい管理下に置かれているエリアであり、今後、人の目に触れることはおそらくないだろうという。
その後、対岸である第一展望台からも摩周湖を見渡してみた。
<kamuy to>神の湖といわれただけのことはある。

屈斜路コタンに建つ碑を見学してから、<cise>家へと場所を移す。
松浦武四郎記念館の高瀬英雄館長による「松浦武四郎の足跡をたどって弟子屈へたどりつく」というタイトルでの講演は、心打たれるものだった。
「屈斜路で過ごした日々をわが生涯の誇りとしている」という言葉には涙が出そうになった。
コタンの仲間たちも同じ気持ちだったことだろう。
…というか、<Kussharo Factory>のスタッフも含めて、屈斜路コタンの<utari>同胞、仲間のほうが高瀬館長夫妻と出会えたことに感謝している。
少なくとも、<Kussharo Factory>のスタッフは、高瀬館長夫妻を現代の松浦武四郎だと思っている。
松阪市からの参加者も一緒になって古式舞踊を踊ったことで、交流は一層深まっていった。

そしてきょう−。
絶好の天気に恵まれた中で、まずは安全を<to kor kamuy>湖の神に願う<kamuy nomi>神への祈りを行って、ネイチャーボートによる屈斜路湖&釧路川くだりを満喫した。

松浦武四郎自伝には、屈斜路に到着した翌日、「船を雇て湖中見物」とある。
今回は「水先イソリツカラ」とはいかなかったが(笑)。
秋晴れの高い青い空。
ほどよく色づいた木々の紅葉。
屈斜路ブルーの湖水。
オオハクチョウの白さが美しく交じり合い、ピンと張り詰めた朝の空気がこれ以上なく気持ちいい。
陸と湖と川から、武四郎翁の業績を垣間見ることができ、そしてそのための時間を松阪の方々とともに過ごせたことに、心から感謝したい。
風景言ん方なし。
−汐ならぬ 久寿里の湖に舟うけて 身も若がえる ここちこそすれ−
15日に、「松浦武四郎生誕190年等記念事業 武四郎の足跡を訪ねてin 北海道」ご一行さま35名がご来道!
ことしは松浦武四郎翁が、屈斜路コタンを訪れてからも150年という節目の年にあたる。
2月に武四郎翁の生誕地・三重県松阪市で行われた一連の記念事業の大切なスタートイベントに、武四郎翁に屈斜路湖を案内したアイヌ・イソリツカラの子孫を代表して<Kussharo Factory>の木彫り担当が招かれた。
ブログでも報告したけれど、とにかく感謝感激感動の1週間を過ごさせていただいたのである。
で。
今回は、武四郎翁をこよなく愛する35名の方々が足跡をたどるツアーを企画されたのだが、その中に屈斜路コタンでの交流の時間を設けてくださったのだ!
<Kussharo Factory>のスタッフはコタンの仲間よりも一足先に、ツアーが到着した日の晩に阿寒湖にてお迎えさせてもらった。
2月にお世話になった方も何人かいらっしゃって、再会を喜びあった。
昨日、ツアーの方々は弟子屈町にご到着。
まずは弟子屈町長を表敬訪問してくださり、その後、北海道ウタリ協会弟子屈支部のメンバーや町民参加者も合流して、武四郎翁の足跡をたどるバスツアーに出発した。
裏摩周から左手下の湖水際に降りて行った辺りに、武四郎翁が野営したとされる洞窟(武四郎の浜)がある。
クマザサが生い茂り、環境省の厳しい管理下に置かれているエリアであり、今後、人の目に触れることはおそらくないだろうという。
その後、対岸である第一展望台からも摩周湖を見渡してみた。
<kamuy to>神の湖といわれただけのことはある。

屈斜路コタンに建つ碑を見学してから、<cise>家へと場所を移す。
松浦武四郎記念館の高瀬英雄館長による「松浦武四郎の足跡をたどって弟子屈へたどりつく」というタイトルでの講演は、心打たれるものだった。
「屈斜路で過ごした日々をわが生涯の誇りとしている」という言葉には涙が出そうになった。
コタンの仲間たちも同じ気持ちだったことだろう。
…というか、<Kussharo Factory>のスタッフも含めて、屈斜路コタンの<utari>同胞、仲間のほうが高瀬館長夫妻と出会えたことに感謝している。
少なくとも、<Kussharo Factory>のスタッフは、高瀬館長夫妻を現代の松浦武四郎だと思っている。
松阪市からの参加者も一緒になって古式舞踊を踊ったことで、交流は一層深まっていった。

そしてきょう−。
絶好の天気に恵まれた中で、まずは安全を<to kor kamuy>湖の神に願う<kamuy nomi>神への祈りを行って、ネイチャーボートによる屈斜路湖&釧路川くだりを満喫した。

松浦武四郎自伝には、屈斜路に到着した翌日、「船を雇て湖中見物」とある。
今回は「水先イソリツカラ」とはいかなかったが(笑)。
秋晴れの高い青い空。
ほどよく色づいた木々の紅葉。
屈斜路ブルーの湖水。
オオハクチョウの白さが美しく交じり合い、ピンと張り詰めた朝の空気がこれ以上なく気持ちいい。
陸と湖と川から、武四郎翁の業績を垣間見ることができ、そしてそのための時間を松阪の方々とともに過ごせたことに、心から感謝したい。
風景言ん方なし。
−汐ならぬ 久寿里の湖に舟うけて 身も若がえる ここちこそすれ−
コメント
コメントの投稿
トラックバック
http://lake946.blog102.fc2.com/tb.php/267-84917bf6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


