屈斜路コタンのイチャルパ・6
2007年11月7日(水) 晴れ のち くもり
屈斜路湖の「東南岸はどこを掘っても温泉が出るけど、北西岸はまったくといっていいほど温泉が出ない」というのは地元に住む人間なら誰でも知っている。
昨日も少し書いたが、先人たちは樹皮衣といって木の皮、多くはオヒョウやニレといった種類の樹皮を春先に剥ぎ取り、それを温泉につけて柔らかくなめし、一本一本繊維を割いて糸状にしたものを編んで着る物を作った。
以前読んだ本によると、屈斜路湖は薬効のある・大きな・湖<クシリ・オンネ・ト>と呼ばれていた、と書いてあった。そんな湖から流れ出る釧路川は温泉質に富んでいて、冬でも結氷することはかったので丸木舟での往来が可能だったとか。
生活には欠かせない自然の恵みだったんだなあ。
アイヌ語集とかアイヌ語辞典を何冊か開いてみたところによると、入浴以外に飲むこともできる温泉を<クスリ>、高温度のため湧き出たそのままを使える温泉が<ヌ>、ぬるま湯の温泉を<ユ>、というそうだ。
植物名などと同じく、アイヌにとって有益なものは細かく命名するということの表れか…も?
<クシリ>と書かれた文献も見られるようだが、発音の聞こえ方の違いなのだろうか?
さて−。
思い出したことがひとつ。
コタン山というのはアイヌ語で<オプタテシケ・ヌプリ>である、と。<オプ>は槍のことなので、槍のような山といったところ…だと…思う…たぶん…(汗)。
さらに、きょう、ラッキーなことに屈斜路周辺のアイヌ語地名を書き記したメモが見つかった。
読んだ本の中から書き出したものだが、残念なことにタイトルが思い出せない。
和琴半島は<オヤコッ・イ>。オヤコッはoya(ほかの)-kot(くぼみ)ともo(尻が)-ya(陸地に)-kot(くっついている)とも解釈されている。現在、オヤコツという名は半島の先端部分にある温泉が湧き出ているポイントに付けられているオヤコツ地獄だけ。和琴というのは大正時代の紀行作家、大町桂月がこの地を訪れた際、アイヌが半島の付け根を<ワコッチ>魚の尾のくびれたところと呼んでいたことに字を充てて命名したそうだ。
藻琴山のことは、薬効のある・湖・の奥・にある・山<クスリ・ト・トエトコ・ウシ・ヌプリ>。
屋根の形をした・山=三角山のことを<チセネ・ヌプリ>。
などなど。
とはいえ、悲しいことに別の記述によれば違う解釈をしている可能性がある。
アイヌ語には文字がなく口伝えで語り継がれていること、過去にアイヌ語の使用を禁止された時間が長くあったこと、耳で聞く発音の難しさ、そしてそれを文字にする難しさを改めて感じる瞬間だ。
それにしても地名というのは、北海道に限ったことではないがその土地の特徴を端的に表している最たるものだと思う。
北海道の地名はほとんどがアイヌ語を基にしているといわれ、アイヌ語がわかればその土地のようすがわかるというほどだ。しかしそれも市町村合併などによって新しい、アイヌ語とは関わりの無い名が付いてしまうのは、やはり残念な気がする。
夜7時前のテレビを見ていたら某公共放送による3時間ごとの天気予報で、明日の午後から弟子屈町には
マークが…。
できれば本祭当日は晴れていただけるとありがたいのだが。
屈斜路湖の「東南岸はどこを掘っても温泉が出るけど、北西岸はまったくといっていいほど温泉が出ない」というのは地元に住む人間なら誰でも知っている。
昨日も少し書いたが、先人たちは樹皮衣といって木の皮、多くはオヒョウやニレといった種類の樹皮を春先に剥ぎ取り、それを温泉につけて柔らかくなめし、一本一本繊維を割いて糸状にしたものを編んで着る物を作った。
以前読んだ本によると、屈斜路湖は薬効のある・大きな・湖<クシリ・オンネ・ト>と呼ばれていた、と書いてあった。そんな湖から流れ出る釧路川は温泉質に富んでいて、冬でも結氷することはかったので丸木舟での往来が可能だったとか。
生活には欠かせない自然の恵みだったんだなあ。
アイヌ語集とかアイヌ語辞典を何冊か開いてみたところによると、入浴以外に飲むこともできる温泉を<クスリ>、高温度のため湧き出たそのままを使える温泉が<ヌ>、ぬるま湯の温泉を<ユ>、というそうだ。
植物名などと同じく、アイヌにとって有益なものは細かく命名するということの表れか…も?
<クシリ>と書かれた文献も見られるようだが、発音の聞こえ方の違いなのだろうか?
さて−。
思い出したことがひとつ。
コタン山というのはアイヌ語で<オプタテシケ・ヌプリ>である、と。<オプ>は槍のことなので、槍のような山といったところ…だと…思う…たぶん…(汗)。
さらに、きょう、ラッキーなことに屈斜路周辺のアイヌ語地名を書き記したメモが見つかった。
読んだ本の中から書き出したものだが、残念なことにタイトルが思い出せない。
和琴半島は<オヤコッ・イ>。オヤコッはoya(ほかの)-kot(くぼみ)ともo(尻が)-ya(陸地に)-kot(くっついている)とも解釈されている。現在、オヤコツという名は半島の先端部分にある温泉が湧き出ているポイントに付けられているオヤコツ地獄だけ。和琴というのは大正時代の紀行作家、大町桂月がこの地を訪れた際、アイヌが半島の付け根を<ワコッチ>魚の尾のくびれたところと呼んでいたことに字を充てて命名したそうだ。
藻琴山のことは、薬効のある・湖・の奥・にある・山<クスリ・ト・トエトコ・ウシ・ヌプリ>。
屋根の形をした・山=三角山のことを<チセネ・ヌプリ>。
などなど。
とはいえ、悲しいことに別の記述によれば違う解釈をしている可能性がある。
アイヌ語には文字がなく口伝えで語り継がれていること、過去にアイヌ語の使用を禁止された時間が長くあったこと、耳で聞く発音の難しさ、そしてそれを文字にする難しさを改めて感じる瞬間だ。
それにしても地名というのは、北海道に限ったことではないがその土地の特徴を端的に表している最たるものだと思う。
北海道の地名はほとんどがアイヌ語を基にしているといわれ、アイヌ語がわかればその土地のようすがわかるというほどだ。しかしそれも市町村合併などによって新しい、アイヌ語とは関わりの無い名が付いてしまうのは、やはり残念な気がする。
夜7時前のテレビを見ていたら某公共放送による3時間ごとの天気予報で、明日の午後から弟子屈町には
マークが…。できれば本祭当日は晴れていただけるとありがたいのだが。
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