名誉の負傷
2008年10月27日(月) くもり ときどき 晴れ
「食べるもの、着るもの、そして<cikuni>薪があれば(生活は)十分だ」と昔のアイヌは言ったそうだ。
それも「必要なときに、必要なものを、必要な分だけ」ということを口に出すまでもなく心がけていた。
温めてくれて、食べ物の煮炊きに欠かせない。
<cise>家の中心に囲炉裏として存在し、威厳と暮らしを支える力をたたえて、アイヌは火のことを<ape(火) huci(のおばあさん) kamuy(神)>とか<iresu(ものを育てる) kamuy(神)>と呼んだ。
「万一、食べ物がなくなったら借りに行くこともできるが、薪はそういうわけにはいかない」とも言ったそうだ。
その年の天候状況や予想外の人の出入りで食べ物が急になくなることはしょうがないことなのだ。
しかし、冬以外の時季にコツコツと集めておける薪が足りなくなるということは、イコール怠けていた証拠であるから恥ずかしいことなのだ、と。
薪は、木を拾ってきて割ったからといってすぐに使えるものではない。
最低でも半年〜1年以上乾かしておくことが望まれる。つまり、今年準備する薪というのは来年以降使うためのモノなのだ。
資本主義経済社会の片隅の隅の隅で生きる現代の採集狩猟&農耕民族としては、観光シーズン中はそれなりに忙しいのである。いや、ほんとに。
それどころか、春は観光シーズンとして忙しくなり始めてからも(山菜をとるために)山へ入っていなければならないし、秋は観光シーズンが一段落するかしないかのうちに、(きのこを求めて)山へ入っていなければならない。
でもって、それらもなにもかも落ち着きを見せたころから白い物が舞い降りるまでの、わずかな日々の間に薪を調達せねばならんのである。
あー、忙し忙し。
そんな<Kussharo Factory>のスタッフに、新たな試練が待っていた。
チェーンソーくんがウンともスンとも言わなくなってしまったのだ。
ウーンとうなってしまったのは、<Kussharo Factory>の木彫り、もとい、きこり担当である。
ゆかいな仲間のWさんやGくんの助言を受けて、あっちとこっちの修理屋さんに問い合わせてみたところ、偶然というよりも必然として同様の答えが返ってきた。曰く、
「おたくのチェーンソーっちゅーのは量販店用なんだよね。ウチみたいなプロフェッショナルなところでは部品すら扱っていないわけよ。つまり安物である分だけ壊れやすいし、壊れたら終わり!みたいなもんで」
と、ここまではハッキリ言わないまでも、やさーしくそれらしいことを説明されて納得できた。
なので現在は、ワンダーランド・ホー○ックに入院・加療中。
そんな逆境をみかねて、<ぢぢカヌー>の農作業担当・ぢぢはチェーンソーとむーみんを貸してくれた。
前述のWさんはトラックを貸してくれた。
仲間たちの温かい友情に支えられ、いざ!

薪集めには絶好の日和である。
チェーンソーも快適な音を発し、作業は快調に進行する。
運搬1回目<ぢぢカヌー>用、同2回目<Kussharo Factory>用、同3回目<ぢぢカヌー>用…と時間が経つごとに3人の口数は激減して行ったのである。
そして終わってみれば、<Kussharo Factory>のきこり担当は右目の横を木の枝にひっかかれて流血し、<Kussharo Factory>の積み込み担当は左下顎部を木の枝にひっかかれて流血し、<ぢぢカヌー>の喫茶担当は右目の上をはねかえってきた木の枝で殴打してタンコブを制作するなど、どこまでも仲良くチームワーク抜群のトリオなのであった。
うえーん(号泣)。痛いよお。
とりあえず量的には満足できるのだが、このあとに「割る」というさらなる重労働が待っているのであった。
薪作りはまだまだ続く…。
ところで。
<ぢぢカヌー>喫茶担当は<Kussharo Factory>積み込み担当のキズを見て、「熊の爪あと」というコメントを寄せてきた。
(確かに、似てるんでないかい? by陰の声)
「食べるもの、着るもの、そして<cikuni>薪があれば(生活は)十分だ」と昔のアイヌは言ったそうだ。
それも「必要なときに、必要なものを、必要な分だけ」ということを口に出すまでもなく心がけていた。
温めてくれて、食べ物の煮炊きに欠かせない。
<cise>家の中心に囲炉裏として存在し、威厳と暮らしを支える力をたたえて、アイヌは火のことを<ape(火) huci(のおばあさん) kamuy(神)>とか<iresu(ものを育てる) kamuy(神)>と呼んだ。
「万一、食べ物がなくなったら借りに行くこともできるが、薪はそういうわけにはいかない」とも言ったそうだ。
その年の天候状況や予想外の人の出入りで食べ物が急になくなることはしょうがないことなのだ。
しかし、冬以外の時季にコツコツと集めておける薪が足りなくなるということは、イコール怠けていた証拠であるから恥ずかしいことなのだ、と。
薪は、木を拾ってきて割ったからといってすぐに使えるものではない。
最低でも半年〜1年以上乾かしておくことが望まれる。つまり、今年準備する薪というのは来年以降使うためのモノなのだ。
資本主義経済社会の片隅の隅の隅で生きる現代の採集狩猟&農耕民族としては、観光シーズン中はそれなりに忙しいのである。いや、ほんとに。
それどころか、春は観光シーズンとして忙しくなり始めてからも(山菜をとるために)山へ入っていなければならないし、秋は観光シーズンが一段落するかしないかのうちに、(きのこを求めて)山へ入っていなければならない。
でもって、それらもなにもかも落ち着きを見せたころから白い物が舞い降りるまでの、わずかな日々の間に薪を調達せねばならんのである。
あー、忙し忙し。
そんな<Kussharo Factory>のスタッフに、新たな試練が待っていた。
チェーンソーくんがウンともスンとも言わなくなってしまったのだ。
ウーンとうなってしまったのは、<Kussharo Factory>の木彫り、もとい、きこり担当である。
ゆかいな仲間のWさんやGくんの助言を受けて、あっちとこっちの修理屋さんに問い合わせてみたところ、偶然というよりも必然として同様の答えが返ってきた。曰く、
「おたくのチェーンソーっちゅーのは量販店用なんだよね。ウチみたいなプロフェッショナルなところでは部品すら扱っていないわけよ。つまり安物である分だけ壊れやすいし、壊れたら終わり!みたいなもんで」
と、ここまではハッキリ言わないまでも、やさーしくそれらしいことを説明されて納得できた。
なので現在は、ワンダーランド・ホー○ックに入院・加療中。
そんな逆境をみかねて、<ぢぢカヌー>の農作業担当・ぢぢはチェーンソーとむーみんを貸してくれた。
前述のWさんはトラックを貸してくれた。
仲間たちの温かい友情に支えられ、いざ!

薪集めには絶好の日和である。
チェーンソーも快適な音を発し、作業は快調に進行する。
運搬1回目<ぢぢカヌー>用、同2回目<Kussharo Factory>用、同3回目<ぢぢカヌー>用…と時間が経つごとに3人の口数は激減して行ったのである。
そして終わってみれば、<Kussharo Factory>のきこり担当は右目の横を木の枝にひっかかれて流血し、<Kussharo Factory>の積み込み担当は左下顎部を木の枝にひっかかれて流血し、<ぢぢカヌー>の喫茶担当は右目の上をはねかえってきた木の枝で殴打してタンコブを制作するなど、どこまでも仲良くチームワーク抜群のトリオなのであった。
うえーん(号泣)。痛いよお。
とりあえず量的には満足できるのだが、このあとに「割る」というさらなる重労働が待っているのであった。
薪作りはまだまだ続く…。
ところで。
<ぢぢカヌー>喫茶担当は<Kussharo Factory>積み込み担当のキズを見て、「熊の爪あと」というコメントを寄せてきた。
(確かに、似てるんでないかい? by陰の声)


