視察報告・番外編 なぜお土産を買うのか?
2008年3月16日(日) 晴れ のち くもり
一昨日晩から昨日は雨。
そして今日も午前中は晴れていたものの午後から怪しい雲行き…。
雨ということはイコールあったかいということである。暑いではないぞ。あくまでもこれまでの日々に比べてあったかい、という程度にすぎない。でも雨ということは気温としてプラスである。
雪はどんどん解ける。
それに伴い、尾も白い&足も白い<Kussharo Factory>の看板犬は泥だらけで尾も足も黒くなる。
ゆえに尾も白くない。
面白いべ?
…なんのこっちゃ。
雪がどんどん解ける→ネギが出る!
ネギとは<プクサ pukusa><キトピロ kitopiro>山菜の王様ギョウジャニンニクのことじゃ。
屈斜路コタンの住民の間では、早くもネギGETまでのカウントダウンが始まっている。
三重で<Kussharo Factory>のスタッフも考えた。
お土産とはなんぞや? 人はなぜお土産を買うのか?
「みやげ」とはつまり、その土地で産出されたモノということであり。
木彫りの熊=北海道、北海道=木彫りの熊っちゅーくらい(たぶん)メジャーなモノから、知る人ぞ知る=あまり知られていないその土地ならではのモノまで。
ちなみに、酒もとい鮭をくわえていたりいなかったり、右を向いていたり左を向いていたり、吠えていたり立っていたり、まっとにかく木彫りの熊ってのはアイヌが発案(!?)した民芸品のように思われておりますが厳密には違いますぜ。
大正時代に八雲町の農場主が海外旅行に行った際、土産として木彫りの熊を持ち帰った。んで、冬場の農夫の副業として作らせたのが始まり。その動きが徐々に広がって、旭川に住むアイヌたちが生業の手段として本格的に取り組んだ、と。
もともと自分たちで使う道具などを作っていたのだから、ある程度の器用さは保証済み。アイヌにとっても熊は特別な存在なのだから、思い入れもあったかもしれない。
北海道に来られたお客さまによく聞かれることがある。
「木彫りの熊って機械で彫っているんでしょ?」
「はい」とも「いいえ」とも答えられる、非常に困る質問なんである。
ある程度の規模を保たなければならない店は問屋から仕入れざるを得ない。個人が制作できる数なんてたかが知れているのだ。
そうなると、たいていは大量生産である。コスト面での制約も生じる。ゆえに機械に頼る。
とはいえ、制作全てを機械が行うような木彫りロボットなんてのは(とりあえず<Kussharo Factory>のスタッフは)聞いたことがない。
つまり、「制作工程の一部分を人間が機械を操って彫っている」のであって、これを機械彫りというかどうかはもうお客さまの判断にお任せするしかない。
ちなみにこの質問をするお客さまは、バスガイドさんたちの説明を聞いたことによる場合がほとんどである。
ひとつ言えることは、おそらくそう説明されたバスガイドさんたちは実際の制作現場を見たことがないだろう。
少なくとも、これまでにも何回かこのブログでも書いてきたとおり、<Kussharo Factory>の品はすべて手作りである。
ええ、幸いにしてお店の規模が小さいもので(泣)。
が、当然のごとく制作工程中はいくつかの道具、モノによっては機械の類を使用する。
それはどうなるのか、ねえ?
お土産に限らず、モノの値段は完成までの手間や材料費に比例するのが一般的ですな。
大きくても値段が安かったり、小さくても高かったり。そのあたりの目利きは、やはり一つでも多くのモノを見て養われるものだろう。
今回の旅でもそうだったが、<Kussharo Factory>のスタッフは商品を見て値段を当てる訓練をしている。
世間の相場を知る意味でも勉強になる…こともあるしアテにならんこともある(嘆)。
ホンモノばかりを追い求めているわけでもないし、追い求められるものでもない。たとえニセモノであっても混ざり物であっても本人の納得度と金額が一致すればそれでいいのではなかろうか。
近ごろ「偽装」ということで騒がれているのは、「ニセモノだけど」「混ぜ物だけど」と言わずに売っていたことである。
那智の滝ちかくのお土産物屋さんは実に正直である。
ま、なんだかんだ言ってきたが、本題に戻って「なぜお土産を買うのか」といえば、要は「思い出」なのでないかい。
この木彫りの熊を買ったのは、子供が○歳のときの旅行だったなあ
この木彫りの熊を売っていたお店、まだやっているのかしら
というように、記憶を呼び起こすための手助けにもなるというような。
だから。
ぶっちゃけ、何でもいいんである…といったらぶっちゃけすぎだな。
中にはこう言って品物を買って行ってくださるお客さまもいる。
「(このお店でのおしゃべりが)楽しかったから何か記念に買って行く」
そんなときは、こちらとしても楽しい時間を過ごさせてもらったのだから恐縮してしまうが、旅を終えてから何日か後、何か月か後、何年か後に品物を見たとき、ちらっとでも<Kussharo Factory>のことを思い出してもらえればとてもうれしい。
そして、いつもお客さまに楽しんでもらえるようなお店でありたいと思っている。
他の観光地や他のお土産物屋さんを見る楽しみというか研修の目的は、こんなところにある。
おまけ:ここんとこ、文章がやたら長くて申し訳ありません。
一昨日晩から昨日は雨。
そして今日も午前中は晴れていたものの午後から怪しい雲行き…。
雨ということはイコールあったかいということである。暑いではないぞ。あくまでもこれまでの日々に比べてあったかい、という程度にすぎない。でも雨ということは気温としてプラスである。
雪はどんどん解ける。
それに伴い、尾も白い&足も白い<Kussharo Factory>の看板犬は泥だらけで尾も足も黒くなる。
ゆえに尾も白くない。
面白いべ?
…なんのこっちゃ。
雪がどんどん解ける→ネギが出る!
ネギとは<プクサ pukusa><キトピロ kitopiro>山菜の王様ギョウジャニンニクのことじゃ。
屈斜路コタンの住民の間では、早くもネギGETまでのカウントダウンが始まっている。
三重で<Kussharo Factory>のスタッフも考えた。
お土産とはなんぞや? 人はなぜお土産を買うのか?
「みやげ」とはつまり、その土地で産出されたモノということであり。
木彫りの熊=北海道、北海道=木彫りの熊っちゅーくらい(たぶん)メジャーなモノから、知る人ぞ知る=あまり知られていないその土地ならではのモノまで。
ちなみに、酒もとい鮭をくわえていたりいなかったり、右を向いていたり左を向いていたり、吠えていたり立っていたり、まっとにかく木彫りの熊ってのはアイヌが発案(!?)した民芸品のように思われておりますが厳密には違いますぜ。
大正時代に八雲町の農場主が海外旅行に行った際、土産として木彫りの熊を持ち帰った。んで、冬場の農夫の副業として作らせたのが始まり。その動きが徐々に広がって、旭川に住むアイヌたちが生業の手段として本格的に取り組んだ、と。
もともと自分たちで使う道具などを作っていたのだから、ある程度の器用さは保証済み。アイヌにとっても熊は特別な存在なのだから、思い入れもあったかもしれない。
北海道に来られたお客さまによく聞かれることがある。
「木彫りの熊って機械で彫っているんでしょ?」
「はい」とも「いいえ」とも答えられる、非常に困る質問なんである。
ある程度の規模を保たなければならない店は問屋から仕入れざるを得ない。個人が制作できる数なんてたかが知れているのだ。
そうなると、たいていは大量生産である。コスト面での制約も生じる。ゆえに機械に頼る。
とはいえ、制作全てを機械が行うような木彫りロボットなんてのは(とりあえず<Kussharo Factory>のスタッフは)聞いたことがない。
つまり、「制作工程の一部分を人間が機械を操って彫っている」のであって、これを機械彫りというかどうかはもうお客さまの判断にお任せするしかない。
ちなみにこの質問をするお客さまは、バスガイドさんたちの説明を聞いたことによる場合がほとんどである。
ひとつ言えることは、おそらくそう説明されたバスガイドさんたちは実際の制作現場を見たことがないだろう。
少なくとも、これまでにも何回かこのブログでも書いてきたとおり、<Kussharo Factory>の品はすべて手作りである。
ええ、幸いにしてお店の規模が小さいもので(泣)。
が、当然のごとく制作工程中はいくつかの道具、モノによっては機械の類を使用する。
それはどうなるのか、ねえ?
お土産に限らず、モノの値段は完成までの手間や材料費に比例するのが一般的ですな。
大きくても値段が安かったり、小さくても高かったり。そのあたりの目利きは、やはり一つでも多くのモノを見て養われるものだろう。
今回の旅でもそうだったが、<Kussharo Factory>のスタッフは商品を見て値段を当てる訓練をしている。
世間の相場を知る意味でも勉強になる…こともあるしアテにならんこともある(嘆)。
ホンモノばかりを追い求めているわけでもないし、追い求められるものでもない。たとえニセモノであっても混ざり物であっても本人の納得度と金額が一致すればそれでいいのではなかろうか。
近ごろ「偽装」ということで騒がれているのは、「ニセモノだけど」「混ぜ物だけど」と言わずに売っていたことである。
那智の滝ちかくのお土産物屋さんは実に正直である。
ま、なんだかんだ言ってきたが、本題に戻って「なぜお土産を買うのか」といえば、要は「思い出」なのでないかい。
この木彫りの熊を買ったのは、子供が○歳のときの旅行だったなあ
この木彫りの熊を売っていたお店、まだやっているのかしら
というように、記憶を呼び起こすための手助けにもなるというような。
だから。
ぶっちゃけ、何でもいいんである…といったらぶっちゃけすぎだな。
中にはこう言って品物を買って行ってくださるお客さまもいる。
「(このお店でのおしゃべりが)楽しかったから何か記念に買って行く」
そんなときは、こちらとしても楽しい時間を過ごさせてもらったのだから恐縮してしまうが、旅を終えてから何日か後、何か月か後、何年か後に品物を見たとき、ちらっとでも<Kussharo Factory>のことを思い出してもらえればとてもうれしい。
そして、いつもお客さまに楽しんでもらえるようなお店でありたいと思っている。
他の観光地や他のお土産物屋さんを見る楽しみというか研修の目的は、こんなところにある。
おまけ:ここんとこ、文章がやたら長くて申し訳ありません。


