2007-11

屈斜路コタンのイチャルパ・7

2007年11月8日(木) くもり のち みぞれ

アイヌ民族の伝統儀式に「熊祭り」というものがある。「熊の霊送り」とも称されるが、いずれにしても和人にはピンとこない場合がほとんど。なのに「アイヌ語では<イヨマンテ>といわれている」と言った途端、「ああ!」という反応がかえってくる。とくに年配者はこれでバッチリ(ちなみにアイヌ語ではi(物)-omante(送る)という意味で、地方によって<イオマンテ><イヨマンデ>と若干の方言があるらしい。この儀式について話し始めるとキリがないので、きょうはここまで)。
昭和20年代に、この言葉がタイトルに入った歌がヒットしたからである。

余談だが、年配のアイヌにはあまりウケのいい歌ではない…。
どうも歌詞の中に“接吻”とか“抱擁”(実際にこの歌を聞いたことがないのでわからない)を連想させる言葉があり、それがいただけない、と。伝統儀式としてのイヨマンテが行われるときは、一週間前くらいから男女が“添い寝”をすることすらならぬ、とされていたらしいのだ。
…ちょっと時代に合った単語を使ってみました。

で、話はだいぶ逸れたが。
イヨマンテというのは近隣<ウタリ>同胞、仲間も大勢招き、準備にも一週間くらいの時間をかけ、厳粛かつ盛大に行う儀式だったようだが、<イチャルパ>先祖供養祭というのはあくまでも質素に執り行われるものだという。
要は仏式でいうところの法事とかお盆みたいなものだから、有縁者および主催する側が故人をしのんでもらうべく、案内させていただいた人たちと実施する、と。
そもそも、おいしい食べ物や珍しい物が手に入ったときなどに、火の神さまの使者にお願いして神の国にいる先祖に届けてくださいという意味を持つので、何よりもその気持ちが大切なのではないだろうか。
なので、前夜祭を設けるエカシもいるようだが、もともとの<アイヌプリ>アイヌの風習からすると、それほど派手なことではなかったと思われる。

先祖供養祭<イチャルパ>は、地方によって<sinnurappa シンヌラッパ>ともいわれるそうだが、規模の大きい儀式の際に付随して行われる儀礼のひとつとしても位置づけられていたようだ。
1989年1月、日川善次郎エカシの伝承にもとづいて白老で行われたイヨマンテのときも、今年で58年目を迎えた阿寒湖のまりも祭りのときも行われている。

「よその土地に行って先祖供養するときには、その土地(この場合は白老)の先祖を供養するのであって、自分の先祖(屈斜路など)の供養は自分の土地でするものだそうである」《アイヌ民族博物館:イヨマンテ−熊の霊送り−報告書 日川善次郎翁の伝承にもとづく実施報告》より

−というわけで(相変わらず導入部が長くて申し訳ないが)、屈斜路コタンの住人が<イチャルパ>の案内をさしあげて、お越しいただけることを心待ちにしていたご夫妻がきょう、屈斜路に到着されたのだ。
ご夫妻は、屈斜路コタンの住人よりも屈斜路コタンのことをご存知なんである。
これまでにお伺いしたお話で、「へええええ」とか「ほおおおお」という声を挙げたことは数知れず。

久々の再会を祝して、<Kussharo Factory>の刺繍担当は<tek(手に)un(入る)pe(もの)テクンペ>手甲をお渡しした(写真の下)。
07110801

今朝できあがった。ええ、今朝です。出来立てほやほや。
かっかっかっ(高笑い)。
屈斜路湖の青、屈斜路の空の青、山々の緑、雪の白を組み合わせたイメージ。
<Kussharo Factory>木彫り担当の<テクンペ>(写真の上)とベースはおそろ。こちらは屈斜路の空の青とナナカマドの赤い実をイメージしております。
ほんとだって!

デザインはどちらも、つるこちゃんによるものなので間違いはありまへん(何の?)。

ご夫妻からは<kani mukkurカニムックリ>鉄製の口琴をいただいた。
07110802

イヤイライケレ!

テーマ:北海道/道東 - ジャンル:地域情報

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