2010-02

原因は

2010年2月9日(火) くもり ときどき 雪

先週末。
洗濯機が壊れた

そのころ、屈斜路コタンは大寒波に覆われていた時期で、(大声ではいえないが)一晩中ストーブをつけっぱなしにしていた。
(大声ではいえないが)ストーブをつけっぱなしにしていないと、家の中の水道でさえ凍ってしまうぐらいだったのである。
そのため、部屋の中の乾燥を抑える意味もあって、寝る前に洗濯をし、干していたのだ。

いつものように事は進んでいた。
で、いつもと違ったのは終了のブザーではなく、警告音が鳴り響いたことであった。
「な、なしたと?」

慌てて洗濯機に駆け寄ると、すすぎ&脱水ができずに洗濯物が洗剤液の中で途方にくれていた…。
「はて? とりあえず、こういう電化製品は一度電源を切ってだな、再びスイッチオン!…しても動かンな」

洗濯機はウンともスンともいわんのであった。
代わりに「ウーン」とうなったのは<Kussharo Factory>のスタッフたち。

「どないになっとんのじゃ」
「洗濯機じゃないからわからん」

結局、水没していた洗濯物を一つひとつ取り出して、すすいで絞って、干した。
干したそばから水が滴り落ちた。
で、また絞り→水が滴り落ち→絞り→水が滴り落ち…をそれぞれの洗濯物につき100回くらい(やや誇張含む)繰り返す始末。
こんなときに限って、厚手の絞りにく〜いモノが多かったのは偶然だべか
いやいや、昔の人たちは洗濯板を使って湖で洗濯していたのだ。
それに比べたら…うえーん!
まだ、そんなに酷使していないべや!
役立たず!

「とりあえず明日、外に出して見てみるべ」と一抹の望みを託した翌日は暴風雪が吹き荒れており、作業をあきらめ。
結局その次の日に、なんとかその場での分解を試みた。

ウラ面のパネルを外し、ホースを外し、ダメ元でスイッチを入れてみたら、う、う、動いたあああああ!
…ってことは、洗濯機は壊れていないンでないかい?
じゃあ、なして動かなかったのだ????

と、キツネにつままれた思いで排水ホースを覗いてみれば…こ、こ、凍ってるううううう!

氷状の塊が栓となって、床下部分のホースの一部をがっちり塞いでいた。
そう、犯人はコイツだったのである。
こんな状態で排水しようもんなら、逆流して床面が水浸しになっていたことだろう。
排水できない状況を感知した洗濯機は、実に優秀であった。

「あれ? 役立たずとかなんとか言っていなかったか?」
「誰が?」

大寒波、恐るべし。
これまでにない体験であった。

「いやあ、3,4日も−30℃が続いた地域の人たちはたいへんだったべな」
「イマドキの住宅に住んでいる人たちは、こんな思いせんわい」
あっ、そう。家の造りの問題か

というわけで、屈斜路湖は4日に全面結氷したそうだ
1984年から屈斜路湖の結氷のようすを記録している弟子屈自然史研究会の方がおっしゃったらしいので。

桜の開花宣言と同じで、誰かが何かの基準を設けてくれないと困りますからな。
もちろん今後の気温の推移が多大に影響を及ぼすが、順調ならば1〜2週間で神さまの歩く道が出現しそうだという。

…きょうはプラスの気温になっちゃったけど


一夜あけて。

2010年2月4日(木) 晴れ

今朝、屈斜路コタンから約20kmしか(?)離れていない同じ弟子屈町内の川湯地区では最低気温−30℃(日本気象協会の発表は−29.5℃)を記録したそうだ。
やったね!

でも、北海道内では第3位。栄えある1位は道北の占冠で−33.3℃。
<Kussharo Factory>のフレンドリー・プレイス阿寒湖畔は−28.6℃で第6位と健闘された。

「人間が住むところじゃないな」
「んだ、んだ」

<Kussharo Factory>自宅キッチンの窓に貼り付けられた、室内から見ることができる外気温計は−10℃以下になると寒さでフリーズを起こす
−40℃まで表示できるようになっているのに。

つまり、外気温計としての役割をまったく果たしていない…と思っていたら。
10020401
あまりに寒いショック療法が功を奏してか、今朝は−20℃近くを指していたもんだからスタッフ一同でほめたたえた。
(実際の気温はもっと低かったと思うが…)
やったね!

こうなったら湖のようすを見に行かねばならん。
と、屈斜路コタンの露天風呂へ赴くと、駐車スペースには道内&道外ナンバーの車が5台も停まっているではないか。こんな早朝(<Kussharo Factory>的感覚)に5台も停まっているなんざ、たいしたもんである。
よく、車のエンジンがかかったな(→補足説明:ここまで寒いと、車のエンジンがかかりにくくなるのである。実際にかからない車もある)。

皆さん、狙いは白鳥のようだが、白鳥にさほど興味のない<Kussharo Factory>のスタッフとしては、1枚だけ撮らせていただいて(撮ったんかい!)
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さっさと湖の中、もとい、上へ。
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(左側の少し高くなっている部分からが陸地。立っているところはすでに湖の上)

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(裂け目に重なった板状の氷はガラスのようだ)

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(氷上に咲く花、フロストフラワー)

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よし、よし。いいカンジになってきたぞ。この寒さ、そして無風状態が2、3日続けば…。

ところで−。
<Kussharo Factory>のスタッフは、湖の形や場所ごとの水深をよ〜く把握したうえで、凍った湖の上を歩いております。
一見さん及び良い子の皆さんは安易にマネをしないよう、気をつけてくださいまし。


お・ま・け。

釧路までのドライブの途中で偶然にすれ違った「SL 冬の釧路湿原号」(期間限定)。
10020407

こちらへ向かってやってくる姿を見てから急いでバックからデジカメを取り出して、車の窓を開けて撮影を試みたわけです。
その間、車も停車することなく走行しているわけです。
つまり、お互いのそれなりのスピードで近づいている中での撮影だったわけです。

なのに。
それなのに。
ホメられこそすれ、責められた!?

「肝心な先頭車両が写っていないべや!」
「フツーの列車だったら周りにこんな煙が見えないっしょ。(先頭車両が写っていなくたって)SLだってわかるべさ!」

さて、どちらの主張が正しいのでしょう。

湖の上を歩くのは

2010年2月3日(水) 晴れ のち くもり

平和をこよなく愛する<Kussharo Factory>としては、鬼の役を遂行できるスタッフが見当たらないので、マメをまくこともできず。

最近ハヤリの恵方巻にいたっては、食べ終わるまで黙っていられる忍耐を<Kussharo Factory>のスタッフは持ち合わせていないと思われ、お気楽な鮭イクラちらし寿司に変更…って、それじゃあ意味合いが違っているんでないかい?

そんなこんなで(どんなこんなだ?)明日は立春。
暦の上では春でも屈斜路コタンとしては厳冬期真っ只中!…のはずなのだが。
ここンところ。
どーも!?
寒さがホンモノではない年が続いている。

今朝の屈斜路湖(釧路川の源流部)には流氷が漂っていた。
10020301

いまの時期、オホーツク海には漂っていてもいい流氷だが、屈斜路湖に流氷が漂っていてはイカンのである。
すなわち、全面結氷すべき屈斜路湖の氷が、割れて流れ出してしまっているのだ。
もしかして、今年も屈斜路湖は凍らないンだべか?

とはいえ、今宵、屈斜路湖はものすごく啼いている=氷の軋む音がコタン中に響き渡っている。
たぶん、集音マイクを湖畔で握りしめていれば容易に録音できる。
ただし、そのためには気合いと根性がいる。

気温は−20℃を下回ってきた。
テレビの天気予報では、「今晩から明日の朝にかけて北海道の内陸部では気温が−30℃に達するところも出てきそうです」と伝えている。

屈斜路湖が全面結氷し、さらに寒気が深まることで氷層が収縮を繰り返すと、次第に氷が裂けて盛り上がる部分が見られるようになる。
道のように長く伸びたそのようすは、アイヌ語で<kamuy paikai noka>神の歩いた跡と呼ばれる。

神でなくても、<Kussharo Factory>の屈斜路産スタッフは小学生のころ、コタンから向こう岸にある学校まで凍った湖面を歩いて行った。
歩いても大丈夫なくらいに氷が厚くなると、大人たちが赤い旗を立ててくれるのだ。
「だって、湖畔の道を歩くより早いもん」
それも今は昔−。

そろそろ、カムイも屈斜路湖の上を歩いてくれないだろうか。


最新作

2010年2月1日(月) くもり ときどき 小雪

あっという間に1月が過ぎて行ってしまった

「なんかさあ、ブログを読んでくれている人たちは“<Kussharo Factory>のなんちゃって刺繍担当は何も仕事らしいことをしていないンでないかい?”と思っていそうで心外だ!」
と本人がのたまっているので。

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<カパラミと呼ばれる、切り抜き文様のテーブルマット。
パッチワークみたいなもので、土台となる布地の上に文様を切り抜いた布地を重ねて縫いつけ、さらにその上から<イラカリ>コーチングステッチを施すという、もう、なんていうか、これでもかっちゅーくらい手間のかかっている(本人強調)薄利な作品である(泣)。

そんな<Kussharo Factory>のなんちゃって刺繍担当から見たら、尊敬に値すべき仕事をされていた方が、このたび新刊本を出されたので。





「カムイの言霊 物語が織り成すアイヌ文様」
チカップ美恵子・著
現代書館 2010年1月30日
1800円+税


著者は、アイヌ文化伝承者である故・山本多助エカシの姪にあたる。
兄弟や伯父である山本エカシが阿寒湖畔や屈斜路湖畔の民芸品店で働いていたことから、著書の中にも屈斜路湖畔周辺の記述が多く見られる。

残念ながら、現在、闘病中で針仕事ができなくなってしまったという。
けれど、これまでに彼女の手によって生み出された作品の一つひとつが、彼女の生き様を伝えてくれることは間違いない。

到底、足元にも及ばないが、心意気だけはかくありたい…と<Kussharo Factory>のスタッフは思うのであった。

「で? 値段はいくらを付ける?」
「心意気だけは10万円くらいかな」
「…………」

ポッチェイモ

2010年1月31日(日) 晴れ

ご近所のお姉さま方が、あとは座って食べるばかりに出来上がった(…実際は成形して焼く作業もしたのだが)、ポッチェイモをくださった。
「うわーい! 久しぶり〜!」
イヤイライケレ〜!

ポッチェイモとは、ジャガイモで作った団子なのだが、単なるジャガイモだんごではなーい!
凍らせて醗酵させてから漉す」という手間をかけているのだ。
ゆえに、餅ではないけど気分は徳川家康である。

ポッチェイモのポッとはアイヌ語でポプもしくはポップといい、煮え立つとか沸くという意味があるそうだ。
これは、醗酵するときに泡が出るようすを表しているらしい。

地方によっては、腐るという意味のアイヌ語ムニンから「ムニニイモ」。
潰れたという意味をもつアイヌ語ペネから「ペネイモ」と呼ぶこともあるということだが、いずれもそのモノの特徴をとらえている。
つまり、すべての表現をまとめて一つにしたモノなのだ。

冷凍と解凍を繰り返したジャガイモは、皮はしわしわで、イモはふにゃーっと脱水されたような状態になる。
皮はむき、イモは水を張った桶などに浸ける。
時間が経つにつれ、水はイモの灰汁で黒ずんできて水面に泡が浮き始める。
そうしては水を取り替え、取り替えしているうちに、桶の底に澱粉質が沈殿する。
それを漉して水気を切り、乾燥させると粉状になる。
ねっ! スゴイ手間がかかってるっしょ。

昔の食生活を記録した文献によると、漉してほどよく水気が切れた状態で団子にし、囲炉裏の煙を浴びせたり、日中は日にあてて夜は蓋付きの容器にしまってという作業を繰り返すことでカビを発生させて醗酵を促したりしたこともあったようだ。

いまは粉状で保存されることが多いと思われる。たぶん。
少なくとも屈斜路コタンでは。

実際に食べるときには水を加え、すり鉢などで搗き、さらにこねて平べったく丸めて焼く。
さほどキツくはないが、独特のニオイ=醗酵臭はある。
それがまた、イイんだけど。

冷凍と解凍は、何も特別にしたことではない。
というのも、北海道の冬ならば外に放り出しておけば自然とそのような状態になるからだ。
春先、前年の秋の収穫時に取り残されたイモなどが利用された。

だからといって冷凍庫でやってみても、これが上手くいかない。
先人の知恵には改めて脱帽! である。

今回、屈斜路コタンのお姉さま方からは、「実際に食べるときには水を加え、すり鉢などで搗き、さらにこねて」の状態でもらったのだ。
ホント、感謝感謝。

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色は…本来のジャガイモとはかけ離れております。
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香ばしく焼き上げるとGOOD!
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阿寒湖アイヌコタンにあり、<Kussharo Factory>のゆかいな仲間でもある「民藝喫茶 ポロンノ」では、このポッチェイモが味わえます。
お近くをお通りの際はぜひ。


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